ぼくの神話

 

河「たとえばわれわれのところに相談に来られる人というのは、自分のことを言わないで他人のことをいう人が多いわけです。自分は正しいんだけれども、あいつはけしからんとか、(略)言う人が多いんだけど、そういうのはみんな、ぼくはその人の自己のこととして聞いています。その人の友人のこととか、その人の子供のことじゃなくて、自分のことを話しておられるというふうに聞くとよくわかる。」

“こころの声を聞く /  河合隼雄と多田富雄との対談 ”

 

自分の話ではなく、他人の話をするということは、

他人を借りてしか自分を話せないということ。

 

河「思春期というのはこころの作り変えの程度が強いですからね、普通の人でも強迫症状が出て、それを乗り越えて大人になる。ですから、五十歳くらいになってから強迫症状が出るなんて、普通は考えられないし、今まではなかった。それがこの頃、ちょいちょいありますね。それはどういうことかと言うと、中年の終わりくらいに思春期を迎える人がでてきたと考えるとわかりやすい。」谷「なるほど、それまで思春期をやっていないんですか」

“こころの声を聞く /  河合隼雄と谷川俊太郎との対談 ”

 

思春期に、挫折やチャレンジや成功や受容や拒否など、たくさんの経験をして

その後にそのことについて自分で整理して再構築し、

自身の今までのストーリー(神話)を自分なりに作りあげること。

それが大人になるということで、今後の自分の生きる軸になっていく。

 

私にはそれがない。

“思春期”をやっていないから。

 

幼稚園から小学校までは支配するかされるかの関係性しか気付けなかった。

中学から高校までは人に怯えて、人を避けて、息をひそめて生きていた。

高校を出てからは、人に認められたくて、自分が何者かも理解しないまま

わけもわからず、世間を基準に自分を演じ、

わけもわからず、ガムシャラに動きまくった。

 

成功や受容がいつも欲しかったけど、ついに得ることはできなかった。

ん?自分にとっての成功や受容ってなんだったんだろう?

よく考えたらそれもよくわからない…

 

そういえば、わたしは自分の話をするのが苦手だ。

雑談も世間話もできない。

その理由が、これらの言葉でストンと落ちる。

 

わたしは他人を借りてしか自分を話せない人だったんだ。

なぜなら自分の話ができないから。

自分の話ができないのは、自分のことがわからないから。

 

遠「人は事実で生きるより、真実というか、神話で生きるわけだから。それを自分でなんらかの形でつくっていかなければならない。」河「そうです。そういうストーリーをつくっていかれるのを援助するのがぼくらの仕事ですね。ただし、宗教家と違って、こちらからストーリーを提供することはしない。」

“こころの声を聞く /  河合隼雄と遠藤周作との対談 ”

 

ぼくによる、ぼくの為だけの、神話が必要だ。

 

谷川さんは宗教の世界でも、ハウ・ツー式のもの言いが、人のこころとらえているのではないかと言っておられる。せっかくこの世に生まれてきて、自分のたましいに至る道を自分で探し出すことをせず、人のいうままにしていたのでは、何のために生まれてきたの、と言いたいところだが、宗教性を追求するのは、実にしんどいことだから無理ないな、と思ったりもする。他人の処方箋で救われ雨人は、それはそれでけっこうで、とやかくいうこともないのだろう。

“こころの声を聞く /  河合隼雄と谷川俊太郎との対話のあとで ”

 

ぼくはぼくの神話を作りたい。

そのためには、素材を集めなくてはならないのだ。

 

 

河合 隼雄,安部 公房,白洲 正子,山田 太一,谷川 俊太郎
コメント:これから生きていくためのヒントがたくさん。

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