思いのほか

 

 

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早くに働くことになってしまった…。

 

仕事を辞めて、普通に外出できるまでに2ケ月。

徐々に外に出て活動的に楽しんだ1ケ月。

最後は有難いお話や縁にコロコロ転んで

流された1ケ月。

 

仕事を辞めてしばらく

夢占い的に

《自分が生まれ変わる》《転機になる》

と予知される夢を見た。

 

同じ業種だけど、

社会人になってはじめて

アルバイト以外で違う職種に就くことになった。

働いてみないとわからないけれど

自分が目指してた仕事と

重なるであろう職種。

 

給料も上がる。助かる。

 

キャリアアップになるか、

挫折となるか。

 

悲しい過去と現実で自分をがんじがらめにしていた

古い幹を突き破って

自分で自分を輝かすことができる

キラキラした芽を出したい。

 

これからは、知恵と工夫をもって

環境と状況を利用して

自分で自分に水をやり、自分が納得できる

(他人にそうだと思ってもらえなくても)

楽しい人生にしていきたい。

 

そう思えるのにこのブログでの

自分考察はかなり役立ったと思う。

 

まだまだ自分を知る旅も途中。

仕事をしながらも、このブログは続けていくつもり。

 

このブログを始めた当初にアップした

あの新緑のような輝きを、

自分で自身の人生に感じられるように。

 

ぼくの人生を、丁寧に、大切に。

 

 

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身の丈の自然な芽

 

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枯れた私の心の枝から、ひょっこり出したい。

そのためには、自分と瞬間に丁寧な対応を。

ここ最近、心も身体もなんだか忙しい。

写真を撮るだけで1日が過ぎてしまうような、

きままで無責任な時間を過ごしたいなあ。

 

松尾大社へ

 

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阪急嵐山線に乗って、京都最古の神社 松尾大社へ。

 

比叡山と松尾山を支配する

オオヤマクイ神という神様を祀っているのだけれど、

(なので比叡山延暦寺との繋がりもある)

醸造の守護神として崇敬を集めている。

 

本来は、酒造と関係なかったのだけれど、

近くの広隆寺の境内にあった

大酒神社と歴史の流れのなかで

合祀されたかららしい。

 

日本庭園があったのだけれど、

鎌倉風?平安風?建築だからなのか、

僕が知る日本庭園とはだいぶ違う雰囲気だった。

侘び寂びというより現代的モダン的な、

パッキリしたかんじ。

 

庭園の奥に滝と、滝の近くに霊泉。

酒造家はこの水を酒の元水として混ぜるらしい。

 

恋がかなうおみくじとか、

亀やら鯉やら鈴やら触ったら

お願いゴトが叶う像がいくつか。

 

神紋は「二重葵」

滋賀の日吉神社は「双葉葵」

(東本宮が松尾大社と同じオオヤマクイ神)。

京都の上加茂神社は「加茂葵」。

徳川の「三つ葉葵」の原型は「加茂葵」らしく、

加茂神社との関係きているから。

加茂神社の神様(雷神のカモワケイカヅチ神)の誕生が、

オオヤマクイ神と関係しているから葵つながり?

 

観光地に行くときは

観光系のパンフレットや雑誌に載るような

「優等生撮り」を意識して撮影してるけど、

前よりかはちょっとだけ

上手くなったような気がする。

(全部似たような撮り方だけど…)

 

空気が違う

 

同じことしてるのに…

 

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離宮八幡宮へ

 

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大山崎の離宮八幡宮へ。


この紋は何由来の紋なんだろう???
すごい気になってたけど、

調べたら「杉紋」で「三本杉」は
奈良県にある大神神社の関係らしい。
(日本最古の神社とか)

 

うーん、古事記とか日本神話になると
ちんぷんかんぷん…。

 

神道や日本の紋についても
ちょっと詳しくなりたいなあ。

天王山へ

 

 

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天下分けめの天王山。

 

日頃の運動不足と天性の運動音痴で、
登るだけで必死…。

 

もう、写真なんてどうでもよい…。
早くこの上り坂終わってくれ…。

 

途中、堺屋太一解説の天王山の戦いの
案内板が各所にあったり(命名「秀吉の道」)、
レールがあったり(モノラック用らしい)、
禁門の変で亡くなった十七烈士の墓があったり、
酒解神社があったりして
なんとか頂上へ。

 

今度登るなら、
川のせせらぎが聞こえるところがいいなあ〜

大山崎山荘美術館へ

 

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増設した安藤さんデザインの建物が単体としては素晴らしかったけど、

大山崎山荘と統一感という点ではちょっと惜しいという感じで、

山荘のレトロな世界観に浸りきれなかったのが残念かも。

(もう、建物が「安藤です!」って主張しまくり笑)

 

有元利夫さんという画家の展覧会をやっていて、

マグリット好きの自分好みの世界観で、

偶然だけれどちょっと必然の出会いのようにも感じて嬉しかった。

 

電通出身のデザイナーらしく、絵画というよりイラストレーションかも。

立体の造形物もとても美しかった。

 

いつも展覧会に行くと、

気に入った絵のポストカードを捜すのだけど大体無い。

今回も無くて残念。代わりに本を購入。

 

安藤さんエリアで見たモネの《睡蓮》という絵が美しくて、

「ああ、この沼にすっと溶け落ちてしまいたいなあ」という

気持ちになったので、絵が好きというより

その時の自分の気持ちを覚えていたくて

ポストカードを買った。

 

館内は撮影NG。外の庭園などを撮ってみたけど

なかなか上手にとれず、しょんぼり。

とろとろ

 

とろけるようなそら。

 

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〈まとめ〉Q 社会人時代を整理すると?

 

卒業後

〈気持ちも行動もフリーター〉

ゲーセンのバイトはスタッフたちと馴染めず。百貨店のアルバイトではいきなりリーダーに→無茶振り→出来なくて逃げるように退職→(後に上司から謝罪)

静岡の

デザイン事務所+

バイト掛け持ち

〈恋に夢見る暴走特急

長年の想い人に告白→お付き合いすることに。嬉しくて暴走ぎみ。恋人が引っ越すことになり、健気に1年もバイトかけもち生活で貯金。恋人に相手をしてもらえるのが嬉しくて仕方がなかったし、正しいことをしていると信じていた。信頼できる大人が亡くなってしまった時、大変失礼なことをした。

大阪の

デザイン事務所

〈同棲生活で恋人への不信感、仕事は激務〉

相変わらず仕事の無茶振りをこなしてしまうことで、どんどん激務に。社員とひとたちとはイマイチ馴染めなかった。同棲生活がはじまると、自分への家事や金銭の負担の多さに不満が溜まる上、話し合いをしようとしてもだんまりをされ、恋人への不満や不信感がつのる。

派遣社員

〈仕事は安いが楽、プライベートはどん底、

辛い出来事ばかりが続き、緊張と混乱状態の日々〉

仕事は比較的楽な派遣の仕事で、余裕ができる。結婚。手術3回。術後落ち着いた頃、フリーランスか社員でもう一度しっかり働くかと思っていた矢先、パートナーがうつ病でさらに浮気疑惑。毎日心臓がバクバクいっている感じで生きた心地がしなかった。いつも死にたいと思っていた。今も思い出すと苦しい。

就活+

試用期間辞退

〈やっぱりデザイン事務所は激務、

心は砕け散ってあまり記憶が無い〉

ぼんやり震災のニュースを夫婦で見てた記憶。心が砕け散ってしまったなあ、もうなにをすればいいのかも、どうしたらいいのかもわからないなあ、でもとりあえず働かないといけない、とぼんやり思っていた。パートナーが仕事復帰。

職場で

振り回される

〈自分は利用されやすいタイプだとハッキリと気付く〉

直属の上司や社長に振り回され、リーダー職を任されそうになるが、辞退。期待に応えられないことが原因か、最終的には嫌がらせをされるようになり、逃げるように退職。ワイワイ系、体育会系、飲み会が苦手だと知る。

意識と行動

改革

〈他人に期待することを止め、自分を第一にすることを学ぶ。

意識と行動の改革が成功

職場ではイジメ、セクハラ、ストーキングに遭い、回復すると思っていたパートナーは3回の休職と2回の転職。さらにまた浮気疑惑で、別居まで切り出される。自分は自分で幸せにしないと幸せになれないのだと、はっきりと気付く。以後、行動と意識を少しずつ変えると、職場でもパートナーにも変化が。「他人と社会は変えられない、変えられるのは自分だけ」「自分が変われば、相手も変わる」の成功体験。

 

自分が想っていたひとと一緒になれる嬉しさの勢いで、相手のために何でもし、会社では評価されるためにもしくは大人たちが言うことをそのまま真に受けて、とにかくひたすら考えもせず、行動、行動。来たら打つ、打つ、打つ。の社会人生活だったと思う。

 

やっと最近になって、生きるためにとても基本的なルールを気づき学び行動することになったのだけれど、何故もっと早い段階で気づくことができなかったのだろうと思う。理由はハッキリしていて、常に忙しすぎた。ある時は仕事で、ある時はプライベートで。今まで生きてきて気を休めて、静かに自分を見つめ直す時間が取れなかったのだと思う。派遣時代は少しそういう時間もあったけれど、いざ行動を起こそうという段階で、怒涛の辛い出来事の連続があったので、パニックと緊張でそれどころではなくなってしまった。あの時を思い出すと、とにかく毎日なんとか過ごすことで本当に精一杯だった。明日、パートナーが死ぬんじゃないか。明日、お金が無くなるのではないか、明日もう私が死んでしまおうか…。そんな毎日だった。自分の生き方とか過去とか仕事とか、そんなことを振り返る余裕はなかった。

 

あと自分はビクビクしていて、人に怯え、なにかを奉仕することで、評価されたい、と思っているというのが態度に出ていて、《そういう人たちに目をつけられやすく、利用されやすい》のだなと思った。もっと自分が自分のままでいいと自信を持ちたい。中身が大したことなくたって、自分は自分のままでいいのだ。自分の価値を無駄に下げる必要も上げる必要もない。10円には10円の役割がある。10円なのに、1円です、500円です、って言い張ることほど、哀れなことはない。それはきっと、今まで出会った人たちに見抜かれてる。パートナーにも。

 

最近改めて、気付いたことは、時間とお金は大切だということ。自分には何も無いので隠さ無いといけない、大きく見せないといけないという虚栄心が自分をさらに生きずらくしていたということ。自分のことを棚上げして相手のことを優先しても、何も返ってこないということ。期待をそもそもすることが間違っているということ。

 

あと大きなことに気がついた。自分は世界を無意識のうちにもっと簡単なものだと思っている節がある。自分が思うより世の中はもっと複雑だ。その複雑さにキチンと丁寧に知恵と工夫を出して、対応していかないと、自分を守ることも大切にすることもできない。世の中は人に親切にした同じ分だけ、親切が返ってくる世界では無いのだ。(こうやって書くと、自分の無意識の意識ってやつは、小学生なみの単純な世界なんだなあと思う。正義は勝つ的な。)

 

さあ、これからどう生きてく?もうちょっと自分を整理したい。これからのために。

Q 大阪に住んでいた頃の記憶は?(意識と行動の改革期)

 

追われるように辞めてしまったので、さあすぐに仕事を捜さなくては。ということで、駆け込み入社(?)したのが、(やっっと!)前職の会社。大手のグループ会社で組合があることが決め手だった。組合があれば、労働者は守られるだろうと。勤務先はかなり遠い場所で通勤時間がかかってしまったが、社員の多くが定時に終われるとのことだったので。

 

とにかくカルチャーショックというか、びっくりだらけの会社だった。今まで制作会社でデザイナーたちと仕事していたのが、急にサラリーマン社会に入ったというのも、あるだろうけど、色々とにかく驚いた。

 

まず、びっくりしたのがグループ会社だからなのか???仕事場っぽくない。仕事場というより、(高校じゃなくて)中学校…。高卒で入社してずっと在籍している社員ばかりのせいか、いいオッサン&オバさん(それは僕も含む)が学生ノリなのにびっくり。仕事の進め方、把握の仕方、指示の仕方がふわっふわ。経験者からしたら初歩初歩的なミス?!でもお咎めなし。有給の前借りを何年もして、有給残数が無いのに給料を貰って平気で休んでいる若い女子社員。《自分の出世に危ない芽》を潰そうとしているのか、私を執拗にいじめたり、ワザとミストラップをしかけてきたり、自分のミスを僕のミスにするかえたり(打ち合わせに出て行っている間に)、影で悪い噂を流しまくる直属の上司。友達がいなくて、僕なら友達になれると信じたのか、若い女性社員にストーカーされる。セクハラは日常茶飯事。女性はキャバクラ要因。仕事ができないほうが良、自分をチヤホヤしてくれる女性の評価が高し。昭和ここにあり…。

 

もうひとつびっくりしたのは、ここは田舎のサークルか?(都会なのに)というくらい、社員の多くが兄弟状態。誰かと付き合っては、別れて、その人がまた別の女性と付き合って、それが悔しくてまた奪い返して…みないな。会社の外で恋愛すればいいのに…。つい先日、知った言葉「サークルクラッシャー」そのものの、女性がまさに居た!こっちはその気はまったくないのに、その兄弟ゲームに多少巻き込まれかけて、本当に面倒くさかった。恋愛ゲームはしたい人同士だけでやってほしい、まじで。そんな暇ないし。

 

その閉鎖的空気感が関係してなのかどうなのか、この会社では変にモテた。今思えば、閉鎖的コミュニティーの中の、女男それぞれ同性同士のパワーゲームなだけなんだなあ〜と振り返れるけど、人生で微かにあった10代のモテ期を超えるモテ期だった。しかし、自分が良いな思える人はいず…というか、みんな本当に中学生みたいで正直ドン引きだった…。厨二病感がすごいというか。

 

仕事はというと、いままで会社にデザイン制作部というものが無かったせいもあってなのか、デザイン業務に対する理解度が低く、上層部や営業からしたら「クリックしたらデザインできるんやろ?!」のノリ。…で、バンバン無茶振りな仕事が来た。しかも素材を購入する予算も組んでもらえず、イラストの外注制作はもちろん、ストックフォト、素材イラストの使用はダメ、レタッチは30分程度でできるだろう的な指示。それでも、指示がユルければ、多少デザインの仕上がりのゆるくてオーケーだったので、そのあたりはバランスをとってやったりした。

 

あと組合がある会社がはじめただったのだけれど、組合の悪い部分が出ている会社だった。給料は在籍年数で決まるのが絶対で、成績を上げても給料は上がらず、評価はあって無いようなもの。…なので、社員の裏合言葉は「(働かなくても会社に居る年数で給料が決まるから)働いたら負け」。…なので、1日遊んで過ごす社員が3割、そこそこに適当に働く社員が4割、その分真面目にガムシャラに働く社員が3割。というかんじで、「ガムシャラに働く社員」の負担がすごかった。そして例によって、自分はその部類に入ってしまう…。さらに、上司のいじめ、若社員からストーキングされたりワガママに振り回されたり、同僚からのセクハラを受けたり、社内の恋愛ゲームに巻き込まれそうになったり…で、レベルの低いコトに振り回されるってこんなにストレス溜まって、エネルギー消耗するんだって思った次第。

 

そんなこんなでバタバタしてたら、急にパートナーがまた仕事に行けなくなってしまい、5ケ月の休職(それまでも時々休んではいた)。2回目の休職はすごくショックで、とりあえずは薬をのみながらも会社には行けていたし、ちょっとだけ薬の量が減っていた時期もあったので、このまま緩やかに良くなると思っていたので、目の前が真っ暗になった。また仕事をサボって、泣きながらカラオケボックスに駆け込んだりしていた。確かにまた、パートナーの職場は激務になっていて、朝の3時から夜まで働いて、また少し寝てフラフラでバイクに乗って出かける毎日だったので無理もないのかもしれない。5ケ月休んだ後、また別の職場で再スタート。

 

私にしても、パートナーにしても、学歴のせいなのか性格のせいなのか(貧乏くじ世代といわれる)世代のせいなのか、職場運が無い。というか日本の労働環境はどうにかならないのか。広告業界はとくにひどい。私が経験する限りではちょっとした工夫と知恵で、そんな残業してくてもクオリティの高いものは作れると確信する。実際にそうやって成果を出してる事務所も少ないけどあるし。(スキルと転職回数と年齢と学歴で、わたしは入れないけど…)

 

そうこうしている間に、派遣雇用から正社員雇用になり、気がつけば役付に。その間、ミーティングなどで部署内の仕事の改善を求めるも、上司は完全無視。(部署内でも仕事をしている人としていない人の差が激しかった。8人中5人はほとんど仕事をせず、3人でこなしているような状況だった。)業務への理解が無いし、残業しても残業代を稼ごうとしてお喋りばかりしてウルサくて嫌がらせをしてくる上司のせいで、集中して仕事ができず、仕事を持ち帰ることもしょっちゅう。この人のために、と尽くしてきた(虐めてきた上司とは別の)上司には、「(俺の言うことを聞け無いなら)替わりはいくらでも居る」と言い放たれて、悔しい思いもした。あの言葉は忘れない。

 

パートナーが次の職場で、また仲の良い異性の同僚ができたらしく、仕事帰りに呑みに行ったり休日に遭ったりするように。そういうときは、僕のことをちょっとディスってきたりするので、なんとなくわかる。ああ、またか、と本当に絶望したし、悲しかったし、苦しかったし、くだけて粉々になった心をまだくっついていないうちに、踏みつけられてたような気分になった。でも、別れる勇気もエネルギーも湧いてこなかった。そうしているうちに、またパートナーは会社に行けなくなる。3回目の休職。同僚の同性に良く思われなかったらしく、ちょっといじめられていたみたい。仲の良い異性の同僚との関係のせいだと思う。退職することになり、なんと大阪で最初にお世話になった会社に再雇用されることに。私は病気になった原因でもある会社なので、反対したが聞き入れてもらえず。パートナーは感情の人、感覚の人。そのときの気分が判断材料になる。そのとき、私の意見は聞き入れてもらえない。基本的に信用が無いのかも。

 

話し合いをしたときに、ずっと思っていたことなのか、僕に責められてパワーゲームに勝ちたいとの気持ちで言ったのかはわからないが、「今すぐにでもないけど、いつか別居して暮らしたい」と言われた。もう別れてもいいんじゃないかとも思ったけれど、別れて再構築する勇気もエネルギーもお金も無かった。その同僚の子と再スタートするイメージも少しあったんじゃないかと思う。ぼくは「いいけど、するときは自分から切り出して」と言ったように思う。とてもショックで、ご飯が食べれなくなり、一緒の空間に居るのもつらくて、1日実家に帰った。帰ったら、パートナーは自分からそう言ったはずなのに、表情の無い能面のような顔(病気の症状がひどくなるとこうなる)でぐったりとしていた。

 

もう何もする気が起きなくて、心が粉々すぎて、気力も無くて、変化にも耐えうる元気が無かったから、とにかく今の生活を維持しながら、自分にパワーを溜めようと思った。そして、動きたいと思えたときに動ける準備を少しずつしておこうと思った。このとき、「ああ、人は自分のことを幸せにはしてくれないんだ、自分で自分を幸せにするしかないんだ」とはじめてハッキリ思った。そして、これからの生き方を変えることにした。まず、自分。自分に優しく、自分を甘やかす、自分を労わる、自分の感情に素直になる。相手のことは二の次、三の次。まずは自分をしっかり大切にする。

 

自分意識改革手帳を作って、なるべく毎日読むようにした。体を動かし深呼吸をすると自立神経がよくなるらしいので、毎朝深呼吸しながら筋トレをすることにした。(これをすると1日の体力と精神力の持続力が違う!)

 

それは、会社の人たちに散々「舐められて、振り回され続けた」職場でも、その方針にすることにした。それまでは、なんでも言うことを聞いてくれる、ちょっと気が弱くて優しい人から「キャラを変えた」。あんなに、しょーもない中学生のような人たちが、適当にやってお給料もらえるなら、ぼくももっと自分のやりたいようにやろう!!!と思った。だって、他人は自分を守ってもくれないし、幸せにもしてくれない、評価もしてくれないのだから。自分で自分を過ごしやすいようにしてあげなければ、これからの人生も振り回されてただ耐えるだけだと思った。

 

自分の言いたいことを言って、やりたいようにやってみた。こんな風に社会や相手に対して振舞ったのは、自分の人生ではじめてのようなきがする。パートナーに対しても相手より自分を優先することにした。今までは「自分はいいから相手を優先」していたことを止めた。自分の意見を言うようにした、その替わりパワーゲームからも意識的に降りるようにした。相手の心の内を読んで、先回りしてこっそりコントロールしようと無意識に行動してたことを意識して、なるべくやめるようにした。悲しいときは悲しい、嬉しいときは嬉しい、嫌なときは嫌。嫌いなものは嫌い。

 

そうしたら、とても気持ちがストレートになった。自分が変わったら相手も変わった。世界が今までと違う動きをしはじめた。職場の同僚にわたしは「怖い人」と思われるようになったけど、そのほうが気分がよかった。自分を上手いこと利用してやろうとしてくる人とは距離を置いた。距離を置くとストレスが減った。上手に自分に取り入って、うまいこと利用してこようと策略する部下には、直接ノーといった。できることとできないことがある、自分の人生は自分の意思で選択行動してそれに責任を持たないといけないと。時々私を見下してるのか?バカにしているのか?と思えるような行動があった、パートナーもそういったパワーゲームを止めて、私を尊重してくれるようになってきた。(それでも、意識を忘れると無意識にパワーゲームをお互いしかけているときがあるので注意する)もしかしたら、この年齢ではじめての人生の大きな成功体験かもしれない。

 

パワーゲームから降りて、自分の意思を素直に出すっていうことをはじめたら、世界が変わって、まわりも前より少しよく見えるようになった気がする。パートナーに対しても責める気持ちばっかりだったけど、言いたいこと伝えたかったことが今になってちょっと理解できるようになったような気もする。

 

ああ、こんなふうに世界は変わるんだと思った矢先、部署8名のうち3名が移動、2名が退職することに。事実上、僕が部署のリーダーになって、部署をまとめることになってしまった。それからさらに多忙な生活。退職を決意。いざ退職1ケ月前!…またパートナーが4回目の休職。もうちょっと慣れたというか、呆れ気味。僕があれこれ理屈っぽく言うのも気がめいるんだろうし(私が親にされてしんどいように)、何も言わないことにする。このタイミングで休むってわざとかな、私とのパワーゲームのうちなのかなとも半分思う。自分はまた落ち込むのかなとも思ったけど、意識改革手帳や筋トレなどで自分のメンタルを保つ方法をある程度身につけていたので、それなりに精神的には不安定にならず退職まで迎えることができた。退職日はパートナーがすき焼きを作ってくれて嬉しかったな。

 

この会社は本当にびっくりすることも多かったし、(どちらかというと悪い意味で)今までに体験したことないことをたくさん経験したけれど、それが自分を変えるきっかけをくれるような環境であったことは大変感謝している。最終的に私を虐めたり悪い噂を流していた上司には、堂々とした理由で反撃とダメージを与えることができたし、自分を蔑ろにした人たちに対しても堂々とした理由で打ち返せたと思う。計画的に退職を決めて、このときまでには自分にやれることを出来ることは精一杯やって辞めようと決めていたので、それも全うできたのもそれなりに満足できる結果だったと思う。ちゃんと良心と善意の気持ちで尽くせることも尽くしたと思うし。(自分の尊厳を蔑ろにしない範囲で)でも心身ともにヘロヘロで、ちょっと出かけてみようと思える程度に精神が回復するのまでには、3ケ月はかかったかな。

 

パートナーは先月から無事、仕事に復帰。私が休み(というか無職)なので、時々、一緒に出かけてご飯を食べに行ったりして、楽しい時間を過ごしている。相変わらず朝早くから夜遅くまで激務みたいだけど、それもパートナーの人生。彼が選択した道を、自分で責任を持ち、知恵と工夫で乗り切るしかない。私は私の人生を大切に生きて行く。ずっと一緒にいれたら嬉しいけれど、今までのこともあるし、一緒にいれないかもしれない。そのときのための準備は少しずつしなくちゃいけない。メンタルと身体とお金と仕事。それを確保しながら、様子を見ていく、これが今の結論。

 

前田 将多
コメント:本当に無法地帯。日本の男は、仕事という印籠を盾にして、ただ単に家に帰りたくないだけじゃないの?とか思う。とくにバブル世代から上。